腰椎固定術後、腰痛と両下肢痛のため歩行困難となった60代女性

(続)脊椎外科医の戦場ー腰椎治療難民の現状と改善策ーCASE1

経過
8年前に第3腰椎から第1仙椎間(L3-S1)の3椎間の固定術(TLIF+PS固定)*を受けていますが、詳細は不明です。術後しばらくは概ね生活に支障はありませんでしたが、次第に腰痛と両側の臀部から大腿部の痛みが出現するようになりました。これらの症状は術後5年目くらいから強くなり、特に左下肢の痛み、しびれが増強しました。そのため腰を伸ばして立つことや歩くことが困難になりましたが、座って行う仕事は可能でした。術後8年に私の外来を受診されました。                                            *TLIF:経椎間孔腰椎椎体間固定、PS:ペディクル・スクリュー

原因診断
画像検査の結果、第3番目(L3)の椎体に挿入されたペディクルスクリュー(PS)が椎体の外に脱転しており、L3/L4で癒合不全を認めました。L4/L5は固定が完成していましたが、L5/S1ではPSが椎体内の骨を押しつぶし、PS周囲の椎体骨に空洞ができて緩んでおり、L5/S1も癒合不全の状態でした。症状の分析から、L3/L4のスクリュー脱転が腰痛の主因と推測されました。さらに癒合不全によって誘発された両側L5/S1の椎間孔狭窄がL5神経根を圧迫し、臀部から大腿と下腿外側部の痛みやしびれの原因になったと考えられました。椎体間固定は左側のL5神経根に近接する椎間孔経由で行われており、その後PSの緩みが左側で強く起こったため、椎間孔狭窄は左でより強く誘発され、左下肢の症状が増強されたと推測しました。腰椎のどの椎間にも神経症状の発現につながる脊柱管狭窄は認められませんでした。

手術方針
手術以外の方法では、この患者が直面する症状を改善することは不可能と判断されました。色々と検討した結果、結論に至った手術方針は、L3-S1のPSのうち、問題のないPSはL4とL5のみであり、L3とS1のPSは害をなす状態にあったため、全PSの抜釘を行い、両側L5/S1の椎間孔内で圧迫されたL5神経根の除圧を行うこととしました。今回は抜釘とL5神経根除圧のみとして、必要が生じるなら再固定術を追加する方針としました。

手術
全身麻酔下に、まず全ての抜釘を行ったところ、予想通りL3とS1のPSはぐらぐら状態に緩んでいました。次いで、L5/S1の両側で椎間孔を拡大し、狭くなった椎間孔内で強く圧迫されたL5神経根を除圧しました。これも予想通りに左側の椎間孔の狭窄が強く、L5神経根を取り巻く瘢痕性癒着も強く認められました。

術後経過
術後1週間で退院されましたが、腰痛は消失し、左に強かった下肢の痛みやしびれも良く軽減し、歩行障害も解消して生活の質を取り戻すことができました。

本ケースからの学び
本ケースの患者は、約3年の間、腰痛と歩行困難が悪化するのを堪えながらなんとか生活してきましたが、大きな手術を受けた後も腰痛や下肢痛に悩まされ、5年後には生活に大きな支障をきたすほどに悪化したため、私の外来を受診されました。患者の説明によると、手術治療に対する信頼を失っていたことが、これまで長く辛い状態を我慢してきた理由でした。腰椎固定術は術後短期的には、このケースのようにPSの脱転や緩み、癒合不全などが問題となり、中長期的には固定された腰椎と隣接する腰椎の間(固定隣接椎間といいます)に椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、椎間孔狭窄症、すべり症などを合併することが少なくないため、これらのことを知って手遅れにならないよう行動することが重要です。ところが残念なことに、固定術を受けた患者を執刀医以外の医師は診察や再手術を敬遠する傾向が強いため、このことが腰椎治療難民を生む大きな要因になっていることは残念なことです。それでもきちっと対応する医師が必ず存在することを信じて諦めないで欲しいと思います。

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