高齢者の腰椎変性疾患:低侵襲手術の現状報告(2)
MRI禁忌のため、CTのみで手術を行った90歳女性(Bさん)
1.症状・経過
Bさんは、90歳女性。ペースメーカーを装着しており、胸椎圧迫骨折の既往歴があります。2024年7月始めに左臀部から大腿・下腿外側に激痛が出現して歩行が困難となり、移動に車椅子が必要となりました。某整形外科では、90歳と超高齢であり、ペースメーカーを装着していることやバイアスピリン(抗血小板剤)とリクシアナ(抗凝固剤)を服用していることなどから、手術は勧められませんでした。しかしながら、薬物治療でも強い痛みが続き、歩けるようにならなかったため、家族に付き添われて私の外来を受診されました。
2.検査所見
神経学的検査では、右に強い両側のL5神経根症によると考えられる下肢の感覚障害と筋力低下を認め、ラセグー徴候は右45度で陽性でした。
XPでは、側彎やすべりは認めませんが、骨粗鬆症による胸椎11番と12番の古い圧迫骨折を認めました。当然ながら加齢による脊椎症性変化はそれなりに進んでいました。
CTではL4/5に脊柱管狭窄を認めました。通常であれば、MRIの代わりに脊髄造影検査を行うところですが、超高齢であることと、抗血小板剤や抗凝固剤を服用していることから合併症のリスクを考えて行いませんでした。
3. 手術治療
手術により致命的な合併症が発生するリスクもありましたが、手術以外の方法で Bさんの激痛を緩和し、再び自立歩行のできる生活を取り戻すことは極めて困難と判断されたことと、Bさんと家族があらゆるリスクを受け入れる覚悟をもって手術を強く希望されたため手術を決定しました。
手術に際して特に重視したことは、可能な限り低侵襲化を図ることです。具体的には①短時間、②小出血、③早期離床・退院でした。この条件を満たす手術法こそが私が改良を重ねてきたMD法手術にほかなりません。
手術は、2cmの皮膚切開で、直径18mm、長さ50mmのチューブ状のレトレクターを腰椎へと挿入し、顕微鏡下に拡大した術野で直視下に正中左側から両側の骨削除を必要最小限に行い、肥厚した黄色靱帯を切除して両側のL5神経根と馬尾神経を内部に収める硬膜管を除圧しました。術中所見としてL5神経根周囲に強い癒着を認め、かって椎間板ヘルニアを起こしていたことが判明しました。
手術は約2時間で終了、出血量は数ml、翌日から歩行訓練を開始しました。術前に長く歩行困難な状態が続き、体力や脚力の低下が進んでいたため、退院までのリハビリは約2週間必要となりました。
4.結果
術直後から下肢の激痛は消失しましたが、2~3日後から炎症反応により一時的な下肢痛の再燃がありました。しかし、これも術後1週間を過ぎる頃には消失し、体力が許す範囲での歩行が可能になりました。退院時には術前の腰痛や臀部痛、下肢痛は消失しており、左下腿外側から足背に軽いしびれ感は残るものの、独步可能となっておりました。
退院後、外来に歩いて入室された時のBさんの笑顔は、私たち治療スタッフにとって何物にも代えがたい喜びでした。これからの残る人生をBさんが良い状態で過ごせるようにサポートしていきたいと思います。
5.私からのメッセージ
Bさんの事例は、”椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などの腰椎変性疾患は、MRIや脊髄造影を行うことができない場合でも、症状と神経学的所見とCT、そしてMD法によって、患者さんを激痛から解放し、もとの生活に戻すことができる”ことを示しています。もちろんMRIができるなら、診断・治療精度が高くなることはいうまでもありません。私は脊髄造影は合併症の起こりえる検査のため、行わないことを基本としています。