腰椎変性すべり症に対する固定術は、70歳以降では特例を除いて不要です。
1.手術方針の決定に術前の情報収集が重要
平成15年から令和2年3月までに私が執刀した腰椎変性すべり症は564件です。本症でどのような手術法を取るかは大きな問題になります。手術法を決めるには、すべりの程度や、すべり部の異常な動き、すなわち不安定性の有無・程度や、側弯症があるか、神経障害は脊柱管内か、椎間孔内か、それとも両方か、腰痛は、骨粗そう症は、年齢は、体重は、基礎疾患は、仕事の内容は、等々チェック項目が多岐にわたります。
これらの情報収集に基づいて、手術方針を決定することになります。
2.患者個々にカスタマイズした手術法を選択すべき
かっては「すべりが」あれば固定術とほとんど機械的に決められていました。そのため固定術が行えないすべり症の患者さんは効果がなくても保存治療を続けるしかありませんでした。しかし近年、その流れが大きく変わりました。「すべり」があっても固定術は行わずに、神経症状の原因である脊柱管狭窄や椎間孔狭窄に対する神経除圧術を選択する脊椎外科医が増えてきたことです。つまり医療費が高額になり、重篤な合併症が少なくない固定術を回避するようになったのです。
私もそのような考え方を持つ脊椎外科医の一人です。しかしながら、すべり症のすべてが、除圧術のみでokayというほど単純な問題ではありません。やはりケースバイケース、一人ひとりの患者に適した手術法を選択する必要があります。すべり症に除圧術しか行わない、あるいは固定術しか行わない、というのは脊椎外科医のあり方として適切ではないと思うのです。術者は患者の条件に基づいて適切な手術法を選択すべきで、そのような柔軟性が患者さんのために必要なのです。
3.近年はMD法を採用するケースが多い
変性すべり症の手術法をめぐり、私は試行錯誤を繰返しました。そして手術を患者さん個々にカスタマイズすることの重要性に気づきました。
この記事では、私がすべり症に対して行ったMD法による除圧術と最小侵襲除圧・固定術(80%以上はTLIFまたはPLIFとペディクルスクリュー固定術)の割合が経年的にどう変わってきたかを見てみたいと思います。
すべり症564例のうち、MD法除圧は298例、一方MIS(最小侵襲手術)によるTLIF+ペディクル・スクリュー固定術は198例、PLIF+ペディクル・スクリュー固定術は20例、ペデイクル・スクリュー固定術併用のPLFは32例、その他16例。
全症例の58%はMD法による神経除圧術であり、固定術は42%という結果でした。
これを平成30年から令和2年3月までの期間で検討すると、変性すべり症は91例あり、うちMD法は74例(81%)、固定術は17例(19%)でした。
このように、近年明らかにMD法の比率が高くなっています。固定術が必要と判断したのは60代までで、70代以降では固定術はゼロでした。その理由は極めて重要ですので後日別の記事で説明するつもりです。
MD法による除圧術の成績は良好であり、術後に「すべり」が悪化するケースは多くはありませんでした。それは、MD法は骨や靱帯の外科的破壊が極めて少ないことと、術前に不安定性は軽いかほとんど見られないケースを選択しているためとと推測されます。
4.70代以降では固定術は不要
60代までの変性すべり症では、患者個々の条件を踏まえて、固定術の適応を慎重に判断すべきですが、70代以降では特別な例を除いて固定術は不要です。術後再発の大多数は「すべり」の悪化ではなく、狭窄症の再発によるのです。これは必要があれば、固定術ではなく再除圧術で十分に対応可能です。
できるだけ低侵襲手術で対応して患者さんの精神的・身体的・経済的負担を軽減することが、加速する少子高齢社会にとっても重要な意味を持つと思われます。